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身代わり地蔵(谷田大字)が町指定文化財に認定されました。

[2021年10月13日]

ID:1243

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身代わり地蔵(谷田大字)が町指定文化財に認定されました。

祝 町指定文化財に認定!

 皆さんは本町に伝わる昔話「身代わり地蔵」をご存じですか。
 谷田大字の常楽寺に安置されていた身代わり地蔵(木造地蔵菩薩立像)が、令和3年3月31日に町指定文化財に認定されました。
 身代わり地蔵は10世紀後半から11世紀前半に製作されたと推定され、古くから地域の人々に大切に守られてきました。

常楽寺

 身代わり地蔵が安置されていた常楽寺は明治元年に廃寺になりましたが、明治12年に許可を得て存続することとなりました。
 標高約140mに建てられた常楽寺の境内には本堂と庫裡(くり)と呼ばれる台所があり、緑に囲まれてひっそりとたたずんでいます。
 常楽寺では1月に初地蔵、7月に本地蔵が行われ、地域の人でにぎわいます。

身代わり地蔵のお性根入れ

 お性根入れは地域の役員が参加して、谷田公民館で行われました。新たな場所に安置され、きれいに祭られた身代わり地蔵には、如来寺住職の読経によりお性根が入れられました。
 身代わり地蔵は初地蔵と本地蔵の際に一般公開される予定です。


 広報たかとり9月号(別ウインドウで開く)にも掲載しています。ぜひご覧ください。

高取町 昔話「身代わり地蔵」

 昔、矢田村(今の谷田)の池の谷に、細長い小さな田が十枚ほどあった。この田は村の常楽寺の所有で、取れた年貢米はお寺のおっぱん(仏様に供える米や坊さんの飯米)として納められた。
 この田の作人は二人いて、上と下、半分ずつに分かれていた。この辺りは水利が悪く、上の田には十分な水があったが、下の田はいつも水が不足していた。
 しかし、下の作人はお地蔵さんを信じる正直な人で、取れたお米が少ない時も、上の作人より多くのおっぱんを寺に納めていた。
 ある年、大変な日照りが続き、上の田でも水がなく、とても収穫できそうになかった。
 ところが不思議なことに、朝になると、上の田には水がないのに、下の田には水が一面に満ちていた。上の作人は、下の作人が夜中に水を取りに来ているのだと思った。また取りに来るに違いないと思い、ある晩弓矢を持って山で待ちかまえていた。すると人影が上の田に来るように見えたので、狙いを定めて矢を放った。確かな手応えがあり、上の作人はそのまま家へ帰っていった。
 翌朝、田を見に行くと、下の作人は元気に働いているではないか。不思議に思い、昨夜のことを話してわび、下の作人と寺へお参りに行った。すると、お地蔵さんが横に倒れていて、なんと、肩に矢が二つに折れて突き刺さっていたのだ。それから、このお地蔵さんは「身代わり地蔵」と呼ばれるようになったそうだ。

お問い合わせ

高取町役場
教育委員会

電話: 0744(52)3715

ファックス: 0744(52)2877

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